妊婦ってのは、ほんの一瞬の出来事だ。

　当コラムの成り立ち上、受胎から妊娠、出産にまつわる話をあれこれ書きつらねてきたものの、考えてみればその年月たるや、約１年たらず。記憶の底をたぐってテーマを見つけようにも、そろそろネタ切れが近いかもしれない（いや、原稿が遅れた言い訳じゃなくて…あわわ）。

　というか、忘れるんですねー。もう、どんどん忘れてる。

　経産婦に、妊娠出産がどれだけ大変だったかという話をさせれば、そりゃあ湯水のごとく「ツワリがひどくて」「中毒症で塩気がとれず」「陣痛の痛みときたらもー」なんて話をとうとうと語り出すだろう。しかし本当に、その辛さや痛み自体を覚えているのか、感覚として再現できるほど記憶に刻まれているのかと訊いたら、大半の答えはＮＯなんじゃないだろうか。

　なぜかといえば、そりゃもうその後の子育ての方が１００倍しんどいからです。お腹に入れていた時のほうが、なんぼ楽だったか。うちの二歳児など、今日も雨降りだからといって保育園に行かないだの、行くならバスにしろだの（ものすごい遠回りになる）、ミッフィちゃんの傘を持っていくだの（抱っこだから必要ない）、反抗期炸裂で大騒ぎ。

　しかし、広島の原爆慰霊祭の映像を見ながら誰が教えたわけでもないのに、テレビの前にちょこんと正座して「なむなむー」と手を合わせている姿なんか見ると、あらまあこんないい子に育ってくれちゃって〜、とママ、エプロンで目頭押さえたりもするわけで。しんどいと楽しい、憎たらしいと可愛い、そのごっちゃまぜですね。毎日が。

　向井亜紀さんが不妊治療の一過程である体外受精に失敗したと発表した話題をめぐり、タレントたちがトークを交わすテレビ番組の中で、「古くさい倫理観を持ち出して生命科学に足かせをはめるのは、すでに子どもや孫のいる年寄りばかり。まだ子どもを持てないでいる人間のチャンスを奪うな」と不妊治療ビジネスを煽る発言をしていた若手弁護士がいた。いやー今までもアタマ悪そうな男と思っていたけど、本気で馬鹿だったのねー。

　だって、そうでしょう。寝返り一つ自分じゃできないシワクチャの猿みたいな生き物を、まがりなりにも一人の人間に育て上げる。実際にその経験を積んだ「年寄り」にとって、相手と血がつながっているか、妊娠・出産を経たかどうかなんて事実は、膨大な時間の流れの中の一瞬の出来事にすぎない。それより大事なことは他にいくらでもあると知っているからこそ、古い倫理を持ち出しても科学の暴走を押さえようとしている。

　子どもを持つからには自分の遺伝子を受け継いでいなくちゃ嫌だ、せっかく女性に生まれたからには妊娠・出産を経験してみたいという「若者」の意見には、どうもバーチャルな香りがするのですね。なんか子どもを持つことに、幻想を抱きすぎって感じがする。

　それに、だんだん子どもが大きくなるにつれ、子育てに「血のつながり」だの「遺伝」だのって話がからむのは、だいたいネガティブな文脈じゃないかと予想するんだけど（いやその「誰に似たんだ」とか「あんたの血筋よ」とかねえ？）−−まあその辺は、また違う機会にじっくりと。